ぼさとの定規

元書店員ぼさとが社会のこと、書店のことなど、思ったことを書いていきたいと思います。

なぜ日本では休むことが悪いことなのか。原因は卒業式で皆勤賞を祝っているからだと思った。堂々と有給とりたいよぉ・・・。

 

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この記事を読んで、確かに管理職が休まないから下の人間も休むことができないというありがちな休みにくい空気があるのは一つの要因だと私も思います。
上が休んでいないと申し訳ない空気があるのは日本人の同調主義が生み出している負の面であると思います。
つまり、上が休まないのに下の自分が休んでは申し訳ないという空気感が成立してしまいがちです。
ひどいところだと、有給休暇自体が制度として陳腐化してしまっているところや休みを取ることを前提にしていない人員配置になっており、休みたくても休めないという状況が出来上がります。

また、記事の中でもありましたが、昇進のためには自分の休みを返上して働かなければならないという、その人が所属している会社自体が過去の常識、価値観に縛られてしまっているところもあるようです。

いまや、休みをしっかりと取ったほうが仕事の生産性が大幅に違うといわれているのにも関わらずそうした会社が多いのは非常に時代遅れだと思いませんか?
PCやネットが普及していなかった時代は労働時間を単純に伸ばすと成果が上がるという足し算の数式も成り立ったかと思います。しかし、テクノロジーが発達し、業務も煩雑化した今は上記のような考え方では簡単に生産性はあがりません。

なぜ、休むことが悪になってしまうのでしょうか?
日本の同調主義はなんでも学校教育から形成されていると思います。休むことが悪という風潮についても学校教育でも知らず知らずのうちに教わります。例えば、休むにはそれなりの理由がいる(病欠や忌引きなど)とか、休んだ分の授業のノートを取らなければならないなど、「休むことはよっぽどのことがないとダメなことなんだ」と吹き込んでいるからです。

さらに、質が悪いのが、卒業式のときに皆勤賞や精勤賞を祝うということです。例えば、中学、高校の三年間で一度も休まないほうが異常なことだと私は思います。
それは、絶対に行かなければならないということを美徳とし、どんなに体調が悪くても出席をするということです。
発熱をするということは大なり小なり、感染症の疑いがあるはずです。それなのに、休んではいけないものだと主張して、周りに感染することを考慮せず、自分勝手に無理をして出席するとなぜか賞賛されます。

例えばですが、その人が感染症をもって出席したため、ほかの人が感染し、体調を崩したということだってあったかもしれません。そういったことを無視して、卒業式に皆勤賞、精勤賞を祝うのはすごく違和感があります。

そういった考え方の教育を日本人が受けてきているので、社会にでても無理をして出勤をしたり、休みを取らなかったりするのは当たり前と言えると思います。

むしろ、学校では休むコツを教えるべきではないかと思いました。

今回もこれでお開きです。

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