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ぼさとの定規

元書店員ぼさとが社会のこと、書店のことなど、思ったことを書いていきたいと思います。

五月病の原因は一種の適応障害と言われていますが、ゴールデンウィークからお盆まで3連休以上の休みが少ないからではないかと思った。

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この記事では五月病は日本独自のものであるという観点で日本以外で「五月病」に似たような症状はなく、環境の適応のストレスにより憂鬱さを感じるというより、長期休暇後の休暇が終わるということに対して憂鬱に感じる事例が多いと紹介されていました。

五月病の精神医学のカテゴライズでは一般的な解釈と同じように一種の適応障害であり、4月までの環境の変化によって疲れが出てしまうというのが定説のようです。

五月病の詳しい原因や対策についてはこちらにわかりやすく記載されていました。

blog.hanauta18.com

日本では4月に新年度が始まり、合わせて入学、入社、異動など新しい環境に置かれる人は多く、新しい人間関係の構築や新しいことを覚えたり、行ったりすることになります。

慣れない環境や苦しく思う環境に入ってしまうと、どうしてもモチベーション維持の目標として休日(または給料などの報酬)を目指して頑張るという思考に入るかと思います。

ここで一番ベストな目標の立てるには成長や経験にプラスになると待遇面で考えるのではなく、自分の内面にフォーカスするのがベストだと思いますが環境が苦しいとそういう考えになかなかいきません。

さらにこの時期(4月)はなれない環境に合わせるのだけで疲れているのにかかわらず、「親睦を深めるため」とまさに余計なおせっかいを理由に会社の人間関係が飲み会などにより、プライベートの時間に食い込んでくるので休みたくても休めなかったりします。

そのため、苦しい環境に立たされていると思った時、モチベーションを維持するためにゴールデンウィーク休暇を目標に持ち、4月は苦しくても何とか乗り越えてゴールデンウィークに入ります。

そして3~5連休(人によってはそれ以上)を楽しみ、ゴールデンウィーク明けに苦しい環境に戻るとこれまで長期休暇を目標としていたことが一機に消失し、モチベーション維持するための目標を失ってしまいます。

次の長期休暇は8月中旬の夏季休暇になりますし、3連休でみても7月の海の日(2017年だと7/15~17)になります。
つまり、一か月単位で休暇の目標を立てることができず、2か月、3か月先のこととなるととても遠く感じてしまうため、憂鬱になってしまうということだと私は思っています。

もちろん、環境が自分に合わず適応できないのが最大の問題ですが、5月後半または6月前半に一回でも3連休があれば少し頑張れそうな気もします。(日本の祝日日数は世界第三位(参考:マーサー、年間祝祭日数世界ランキングを発表 - プレスルーム | マーサージャパン)なので元々多いほうではありますがそう考えると日程のバランスが良くないですよね。)

そう考えると長期休暇が終わり憂鬱を感じるということで言えば、ゴールデンウィーク後に発症する「五月病」も海外の長期休暇後に憂鬱を感じる例とさほど変わらないように思います。

しかし、五月病の根本の原因は「個」を大切にするという考えが日本になく、自分の入った環境に息苦しく感じてしまうものからきています。

同調圧力とかそういうものがなくなればこんな言葉もいつかかなくなるかもしれませんね。

それでは今回もこれでお開きです。

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堀江貴文『好きなことだけで生きていく。』「今、ここ」を生きれば心が自由になるという言葉がすごい。【読書感想】

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好きなことだけで生きていく。 (ポプラ新書)
 

 堀江さんのように強い方が「好きなことだけで生きていく。」という言葉ほど説得力があるものがあるでしょうか。

仕事と遊びとは何なのか。人生の時間は限りあるものだから、無駄を省くことは当たり前であるという切り口で堀江さんが仕事観、人生観、無駄の多い日本社会の風潮について述べています。
各章のタイトルを見ていただくとよりわかりやすいかと思いますので転記します。

第1章 僕が唯一背中を押せる場所
第2章 はじめの一歩はノーリスク・ハイリターン
第3章 僕らには無駄なものが多すぎる
第4章 「好きなこと」だけするためのスキル
第5章 不器用なあなたに伝えたいこと
おわりに 僕の好きなことは「おせっかい」なのかもしれない

特に同意見なのが、第三章の無駄を省くという感覚がないという指摘です。

日本社会ではIT化している世の中でも無駄が美徳(電話より対面で話したほうが熱量が伝わりやすいなどの迷信)という行為が合理性のかけらもない常識をまずを疑わないければ自由への道が開かないという指摘はごもっともです。

AIの進歩により、すでにこの時代は産業革命以来の革命期を迎えようとしています。堀江さんはAIの仕事進出を肯定的にとらえるか、否定的にとらえるかによってその人の知性がバレる言わば「現代の踏み絵」である。と断言しています。

これもうなずけます。AIに仕事が取られるから職がなくなって不幸になるということは起こりえないはずです。
今まで人間がやらなければならなかった仕事をAIが代わりにやるようになることで自由になれるはずです。それなのにも関わらず、「AIに仕事が取られて不幸になる」ということはAIを使うという視点に立てていないとの指摘は鋭いと思いました。

ほかにも鋭すぎる指摘の数々です。現代社会のシステムとテクノロジーの進歩により現代のシステムが旧態依然なのでシステムが崩壊しているという焦点を中心に話が広がります。
現代社会のモヤモヤの正体はこのシステムとテクノロジーとのギャップがあまりにも大きすぎる点だと私も思います。
古いシステムを使い続ける例として学校の教育システムや学歴などのブランド意識、正社員になって結婚して、ローン組んで家、車を買って、、、みたいな型にはまりすぎている価値観などがあたるかと思います。それらもこの本では気持ちいいくらいバッサリと切り捨てています。

この本で一番素晴らしいところがこちらです。

「今、ここ」に集中すれば、あなたの心は自由だし、決して不幸せなんかじゃない。
(引用:P80)

 過去や未来に思いをどうしても人は馳せてしまいます。しかし、過去の嫌なことを思い出したり、将来を考えて不安や心配の気持ちを抱くのではなく、気持ちを「今、ここ」に集中することが心が自由になるという指摘です。

「必ずうまくいく」と潜在意識を強く作ることが成功の行動原則であると説いています。

この本はこの部分だけで十分価値があるくらい素晴らしい言葉だと思いました。

時折、ホリエモン節がさく裂し、とがっている内容ではありますがほぼこの本の内容は正論だと思います。

一読の価値あります。

それでは今回もこれでお開きです。

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