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ぼさとの定規

元書店員ぼさとが社会のこと、書店のことなど、思ったことを書いていきたいと思います。

「将来の夢」が「将来なりたい職業は?」という質問になっていることについて。そんなこと考えず、自由に生きたいよぉ

anond.hatelabo.jp

このエントリーをみて、「将来の夢」という言葉は自動的に仕事に関連するものになっているという指摘に思わず、うなずいてしまいました。

そもそも、学校教育で「将来の夢」を考えましょうと言われた際、「ディズニーランドに行きたい!」とか、「シルバニアファミリーがほしい」とか言うとそれは趣旨が違うから、「未来の自分がなりたいと思った職業を考えて」と自動的に社会での役割分担をされるように「将来の夢」の印象操作をさせられているように思いました。

 

そのため、少なくとも戦後教育を受けた日本人にとって、「将来の夢」というのはなりたい職業を言うものだと自動でインプットされてしまっているようなものですよね。

 

そもそも、職業は食べていくために就くものであるはずなのに、幼少期のこういった、「将来の夢」というなりたい職業に就くということが大事という、刷り込みを行われるため、本質の職業は食べていくことをかすめるように自己犠牲をしてプロフェッショナルになることがいいのだという風潮にしてしまっています。

その風潮をうまく利用して、ブラック企業はうまく使い倒しますし、ブラック企業でなくても日本の勤め人は長時間残業やサービス残業を「プロだからあたりまえ」という常識をかってに作って、人生は有限なのにも関わらず、所詮食べていくためだけの職業なのにもプライベートを犠牲にしてしまいます。

日本人は食べていくために職業を選択するよう迫られます。「社会人になって一人前だと」そして、働くことが美徳であり、ニートや引きこもりはもってのほかと教え込みます。

本当になりたい職業、または自分の人生でのミッションがわかるのは人によってわかる時期がバラバラであるにも関わらず、せかすように幼少期から「将来の職業は?」と聞くこと自体がナンセンスな気がします。
それよりも、遊べるうちにきちんと遊び方を教えて大人になってもうまく遊び、ストレスを発散できるような教育をしたほうが有益だと思ってしまいました。

今回もこれでお開きです。

 

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